日本の常識をそのまま海外に持ち出せば、幻想ごと撃ち抜かれる。事件が突きつけたのは、「安全」ではなく「無防備」だったのよ。
マニラ銃撃事件、それは“構造の結果”
フィリピン・マニラで起きた日本人二人の死亡事件。現地メディアは「強盗」と報じたけれど、これは単なる不運じゃないわ。
“外に出れば危険”という前提を持たずに、ぬるま湯のような日本の感覚で東南アジアに立ってしまった。
平和ボケ──そんな言葉で片付けるには、代償が重すぎたのよ。

“日本の常識”は、日本の中だけにしておきなさい
「人通りがあるから安全」「リゾートだから安心」──そう思い込んだまま、ノーガードで歩いていたのなら、それは無知ではなく、慢心。
海外は“安全に暮らすスキル”が試される場所よ。
そこに「日本では〜」なんて理屈は通じない。通じるのは、“自分で判断する力”だけ。
海外で気が大きくなる“観光無敵症候群”
安くて陽気で優しい──そんなイメージに酔ったまま、無意識に自分を特権階級に置く日本人、まだ多いのよ。
物価が安い?日本語が通じる?だからって、自分が狙われないと思った?
それ、幻想じゃなくて“誘導灯”になってるの。自分で自分を照らして「ここにいます」って言ってるようなものよ。
最後に:安全は“文化”じゃなく“態度”よ
悲劇を繰り返さないために必要なのは、他人を疑うことじゃないわ。
自分の“甘さ”を知ることよ。「守られて当然」は、日本の中だけにしておきなさい。


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