「平均100万円」──トロフィーを見せられた側は、何を見ればいいのか

参照ニュース:大企業「冬ボーナス」初の平均100万円超え 業績好調で4年連続プラス 来年の春闘前に賃上げの動きも/https://www.excite.co.jp/news/article/TBSNews_1376432776808038764/ (エキサイト)

「平均100万円」──トロフィーを見せられた側は、何を見ればいいのか

※注意:本稿は企業規模・業界差・所得差に触れますが、属性で断罪しません。個人攻撃・集団攻撃に寄せず、“構造”だけを見ます。

平均100万円。
数字として、きれいすぎる。
年末にちょうどいいトロフィーの形をしている。

ここまで来た、という感想は出る。
ただ、祝う気分が来る前に「これ、誰の勝利宣言なんだろう」と思ってしまう。
冷めているのではなく、反射で席順を数えているだけだ。

「景気が良い」という表の正しさ

経団連の集計で、大手企業164社の冬のボーナス平均が100万4841円、前年比8.57%増
比較可能な1981年以降で初めて100万円超え。(E STARTスタートページ – 検索とアクセスをシンプルに)
業績好調、賃上げ機運、春闘前。言い分はきれいで、正しい。

正しいからこそ、見出しは軽く読める。
軽く読めるニュースは、たいてい“重いところ”を本文の外に落とす。

ズレは、数字の大きさではなく「母数の顔」に出る

この平均は「国民の平均」ではない。
従業員500人以上の大手企業が対象で、22業種164社。
そこに紐づく従業員規模は約97万3000人という話もある。(Livedoor News)

97万人は大きい。けれど、社会全体の体感を代表するには、まだ“狭い”。
狭いのに、見出しになると急に「日本の景気」みたいな顔をする。ここがズレの始点だ。

「持たざる者」は、祝杯ではなく“比較”を飲まされる

トロフィーは、持っている側には栄誉だ。
持っていない側には、「見ろ」という命令に近い。
しかも丁寧語で来る。「景気が良いですね」と。

このとき、持たざる者の胸の底で起きるのは、綺麗な社会批評ではない。
たぶん、もっと露骨だ。

羨望。
妬み。
僻み。
そして「私の未来、もう見えた気がする」という、妙な予定調和。

そこまで含めて、“平均100万円”はトロフィーとして機能してしまう。

トリクルダウンの話にすると、また言葉が勝つ

波及するのか。トリクルダウンは起きるのか。
この問い自体が悪いわけじゃない。
ただ、この問いを立てた瞬間、話は“モデル”に寄る。

生活側の体感は、モデルより先に答えを出す。
「上がるところは上がる」
「上がらないところは、上がらない」
そして“上がらない側”は、上がる話を読むほど、自分の場所を固定していく。

この固定が、たぶん一番の損失だ。

ハードワークの業界ほど「使う」かもしれない、という直感

建設が高水準だ、増加率は自動車が大きい、といった業種の差も出てくる。(E STARTスタートページ – 検索とアクセスをシンプルに)
私はここで、いかにもな理屈より先に、いやらしい直感のほうを信じてしまう。

ストレスが大きい業界ほど、手にした金は“癒やし”や“発散”に早く変換される。
消費の回転は、品の良い理想より、疲労の現実のほうが速い。

だから、きれいな言葉で「波及」と言う前に、まず“疲れの経済”が回る。
そして回ったあとに残るのは、また次の疲れだ。

上澄みだけは取れない

賃上げの流れを作りたい。
社会はそう言う。(E STARTスタートページ – 検索とアクセスをシンプルに)
でも、流れを作る話が増えるほど、流れに乗れない側は「乗れない自分」を先に確定してしまう。

平均100万円が祝福であるのは、平均を“自分の物語”にできる人だけだ。
それ以外の人にとっては、未来を可視化する掲示板になりやすい。

終わりに

このトロフィーを見せられたとき、私はいま、希望を持つ代わりに“自分の立ち位置の固定”を選んでしまっていないだろうか。

コメント