- 中卒・とび職の逆転劇、年収1000万円超「稼ぎで同世代の大卒に負けない」「ガッツがあれば、学歴は関係ない」
- https://news.yahoo.co.jp/articles/a08503b80993ee456ca064dc22093753e13fd65a
生成AI×DXの行き着く先は「仕事の消滅」より人の再配分かもしれない
生成AIの話は、よく「仕事が奪われる」という言い方で語られます。分かりやすいからです。
けれど気になっているのは、奪うか奪わないかではなく、その先です。
AIを使ったDXが行き着く先は、仕事の消滅というより、人の再配分――つまり「どこに人を置くか」の最適化なのではないか。そんな印象があります。定型業務が整理され、人数が圧縮され、配置が組み替えられていく。派手な破壊ではなく、静かな組み替えです。
この局面で目につく言葉が「学び直し」です。米国の紙面でも、AI代替と学び直しが同じ文脈で語られていました。配管工という物語を、そのまま日本に当てはめたいわけではありません。
「学び直し→移動」という再配分が先に見えやすい場所がある、という構造だけを確認したい。動きが早いというより、先に“見える化”しやすい、と言ったほうが正確かもしれません。
そして同じサインは、日本でも別の形で見え始めています。
今回のニュース――「とび職で年収1000万円超」という見出しは、その一つだと感じます。
とび職で年収1000万円は本当?足場職人・一人親方・月収の“条件”
見出しは強いです。「とび職 年収1000万円」。
数字は読む人の心を簡単に動かします。だからこそ、数字の扱いは慎重であるべきだと思います。
記事が置いているのは、足場の仕事が危険と隣り合わせで、人手不足が続き、賃金が上がっているという現実です。
一人親方として月収が大きくなるケースがあり、仕事量次第で年収1000万円を超える年がある――そうした提示が並ぶ。ここまでは、提示として受け止められます。
ただ、年収1000万円という数字が独り歩きすると、判断が乱れます。現場の高収入は、たいてい“条件付き”で成立するからです。
- 危険と負荷(高所作業、重資材、事故リスク)
- 稼働量(仕事量が収入を左右する)
- 技能と責任(段取り、安全、信頼の積み上げ)
- 体が資本(続けること自体がリスク管理になる)
「稼げる」と「長く続けられる」は、同じではありません。
むしろ稼げるほど体に負荷がかかり、続けるために別の設計が必要になる。この一文を置くだけで、見出しの眩しさが少し落ち着きます。
そして、このニュースが示しているのは成功談というより、「現場の希少性が値札(賃金)に反映され始めている」兆しだと思います。
つまり、再配分が始まっているサインです。
人手不足と賃金上昇はなぜ起きる?需給とリスクリワードの“冷たい説明”
建設や介護に人が集まりにくい理由を、きれいごと抜きに言うなら、リスクリワードが合っていないから――という見立ては成立します。
危険や負荷が大きい。心身の消耗もある。なのに賃金が見合わない。なら行かない。
もし賃金が高いなら、一定程度は行く人が出る。ここまでは需給の話として自然です。
だから賃金が上がる。未経験の初任給が上がるという言及も出てくる。
現場が報われた、と言いたくなる気持ちも分かります。長く低く見積もられてきたものが、値札として修正される局面はたしかにあります。
でも、賃金が上がったところで話は終わりません。
賃金が上がるほど、別の問題が濃くなります。
賃金が上がれば、価格も上がる。
足場の単価が上がる。解体の単価が上がる。建設費が上がる。
このとき社会が直面するのは「人が来てよかった」という祝福ではなく、支払い能力という現実です。
ここで一行だけ、冷たい真実を書いておきます。
値札が上がるとき、議論は「必要」から「払えるか」へ落ちていく。たいてい、そこに正義は残りません。
そして再配分の話に戻ります。
AI×DXでホワイトカラーの一部が圧縮され、現場の希少性が上がり、賃金が上がる。
しかし賃金が上がるほど、価格が上がり、「払える人/払えない人」の線が太くなる。
再配分は、希望だけを連れて来ない。値札も一緒に書き換えます。
ブルーカラービリオネアの裏側:賃金が上がるほど「誰が払えるか」が濃くなる
「ブルーカラービリオネア」という言葉は、気持ちがいい。
現場が報われるという物語は、長い間不足していたものだからです。
けれど、その言葉の裏側にある構造は冷たい。
賃金が上がる。価格が上がる。
その結果、「払える人」と「払えない人」が分かれる。ここが、いちばん現実的で、いちばん言いにくいところです。
払える人は外注できる。
払えない人は先送りする。縮小する。自己対応に寄る。
“DIYが流行る”という言い方が乱暴なら、こう言い換えたほうが正確です。自己対応が増える圧力がかかる。
ただし自己対応は万能ではありません。安全、保証、責任の壁がある。
結局、どこかでプロに戻らざるを得ない場面が残る。
だから、戻れるのは払える側になりやすい。戻れない側は、我慢か先送りが続く。
この差が、生活の輪郭を変えます。
そしてここでも再配分の話が顔を出します。
値札が上がるほど、現場で稼げる人の報酬は上がり、払える側の余裕も増える。
逆に払えない側は、選択肢が狭まる。
「現場が報われる」は、同時に「支払い能力で分かれる」を含みます。これが二面性です。
AIに置き換わらない仕事はどれ?置換ではなく「再配分の圧力」として見る
ここで気をつけたいのは、置き換わる/置き換わらない、という二分法です。
現実はもっと細かい。工程単位で濃淡があります。
建設も介護も医療も、全部がAIに置き換わらないと言い切るのは危険です。
周辺の事務や計画、情報整理、診断補助のような部分はAIが入りやすい。
一方で、現場の手足、瞬間判断、対人のケア、危険作業の身体性は簡単に消えない。
補助は増えても、代替が難しい部分が残り続ける――その感触はあります。
運輸も同様で、自動運転が進めば機械化は進むでしょう。
ただ、「全部が一気に」ではなく、定型区間から、という濃淡が出るはずです。
結局、AIが生むのは「消滅」より「再配分の圧力」です。
ホワイトカラーの定型業務が圧縮されるほど、別の選択肢が視界に入る。
その選択肢の一つとして、現場が“上がってくる”。
とび職の賃金上昇は、その圧力が現場に向かい始めたサインの一つだと見立てられます。
ただし、誰もが簡単に移れるわけではありません。資格、適性、地域、体力、文化的な抵抗。移動にはコストがあります。
それでも「移動の圧力が存在する」ということ自体が、いまの社会の温度だと思います。再配分は、意思の強さだけで決まらない。値札と需要が、静かに人を押します。
とび職で稼ぐ前に:体が資本・保険・後半戦まで含めた判断軸
ここまで読んで、「じゃあ現場へ行けばいい」という結論に飛びたくなる気持ちは分かります。
けれど一度止めたい。再配分のサインを読めたとしても、選択の設計を誤ると傷が深くなるからです。
最小のチェックリストだけ置きます。正解ではなく、判断軸です。
1) その年収は、何を差し出して成立しているか(危険、稼働、技能、責任)を言語化できるか。
2) 体が資本なら、休業や怪我の設計(保険、貯蓄、離脱の線引き)を先に作れるか。
3) 一人親方の収入は波がある。波を前提に、固定費を増やしすぎない設計ができるか。
4) 若いうちに稼ぐなら、後半戦(段取り、管理、教育、独立)の道筋まで描けるか。
5) 自分の仕事を工程に分解し、AIに寄る部分/人が残る部分を把握できるか。
最後に、鏡を一枚だけ置きます。
とび職で年収1000万円、現場賃金の上昇、学び直しの気配。
これらを「個人の逆転劇」として消費すると、いちばん大事な部分を落とします。
見たいのは、AI×DXが生むのが失業だけではなく、人が動かされる圧力――再配分の最適化だということです。
賃金の上昇は、その圧力が現場に向かい始めたサインかもしれない。
そして賃金が上がれば価格も上がり、最後に問われるのは――その値札を誰が払えるのか、という現実です。
未来を決めるのは理想ではなく、支払い能力という静かな現実。
そしてその現実は、ニュースの言葉より先に、値札のほうから書き換えられてしまうのだと思います。


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